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言ふ所を綜合するに戰時中最も苦しみしは食物の不足なりしが如し、ストラスブルグにては夫ほど目に立たざりしが此地に來りて明かに認めらるゝは小兒殊に十二三歲位の所が顏色靑ざめ發育不充分なる事是なり、蓋し發育盛りの所を四年間も營養の不足に苦しめられしことなれば左もあるべく亦以て封鎖の如何に有效なりしかを知る可し、彼等は食物の點に就きては佛軍の占領を感謝し居れり、聞けば此地方は占領と共に食物の供給甚だ豐富となり人民蘇生の思ひをなせしも占領地以外の他の獨逸諸地方は今尙飢饉狀態を脫せざる有樣なりと云ふ、彼等の衣服も亦甚だ粗末なり、戰時中貧民の子女は紙の衣を着せりとの噂ありしが矢張り事實なりき。