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逸全權等は靜に起ち上り案內せらるゝ儘に其卓子の前迄步を運べり。彼等は平靜にして殆何等の苦痛を感ぜざる如く淡々乎たる態度を以て前に屈みつゝ代る署名したり。其間僅に二三分を費せしのみ。嗚呼幾百萬の人命と幾千億の財貨とを犧牲として漸く得たる最後の結果はかくの如く迅速にして簡單なるものなりき。獨逸の運命はかくして定まり了んぬ。見よ悄々として自席に歸り行く二人の黑き姿の淋しくも憐なるを。これをかの五十年の昔、同じ此大廣間に於てウヰルヘルム老帝がビスマルクモルトケを始め雲の如き賢臣名將に圍まれつゝ威風堂々として四邊を壓倒したりし當時と對比し來る。何人か心中無限の感慨に打たれざるを得んや。獨逸全權の座