行ったのにないの、それから心配で心配で……今朝󠄁も探したんですけど』
『さうですか、それで顏色が悪かつたんですね、で、あのレコードの意味、知つてますか』
『意味――?』
『さうですよ、――たゞのレコ—ドぢやありませんよ』
(恐ろしいレコードですよ)
といひかけて河上は、彼女の顏を注視した。
『たゞのぢやない――つて』
美知子は小首をかしげたが、やがて、くツくツと笑つて、
『さう〳〵、河上さんは
彼女は、もうすつかり顏色を取戾してゐた。
『……あれが有名なオツレルさんの發明試作品よ、なんでも今までの錄音󠄁機は一枚の原盤しか取れないので色々不自由だつたけど「こんど私は二枚の原盤に一時吹込󠄁めるのを考へました」なんてご自慢だつたのに、出來たのはあれでせう、なんでもマイクロホンの故障とかで二枚の盤に、半󠄁分づゝ分れてレコーデイングされてしまつたらしいのよ』
『……』
『でもねえラジオの放送󠄁を吹込󠄁んでみせたんですけど、カチツ、カチツ、ボーンといふ「時報」はまあいゝんですけど、その後のラジオドラマは』
『え、ラジオドラマ?』
『えゝ、ずゐぶん前に放送󠄁したでせう、防空󠄁ドラマで敵機が空󠄁襲に來たり、スパイが出たりするドラマ――、あの一節を錄音󠄁したんですけど、そら、機械の故障で二枚のレコードに半󠄁分づゝですもん……、聽いてご覧なさい、おかしいわよ。河上さんの來られるまで、しばらくあのレコードのことで持ちきりだつたわ……』
(さういへば、そんなラジオを聞いたやうな氣がする――)
『でも、オツレルさんらしいわ、あんなレコードでも自分のマーク (日󠄂本でいへば紋かしら) を捺してラベルを貼つて、私に仕舞つて置けだの、急󠄁に出して置けだのつて……。倉庫に行つたらそんな箱は知らんだの、掃󠄁き捨てたらしいな、なんていふんですもの、心配で心配で……』
『……』
思はず眼をつぶつて頭を振り、溜息をついた河上は、無言でメモを引よせると、