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Page:RanIkujirō-JinzōRen-ai-2001-ChūōKōron.djvu/13

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うことが出来るのでしょうか、――いかに貴方の天才的技術で造られているかは知りませんけれど、でも、機械が、人造人間が恋をするという"意志"を持てるのでしょうか」

 半信半疑ながらも私は、人造人間に恋し、恋された男として、心中激しく狼狽せざるを得なかった。

(森源は、冗談をいっているのではないか!)

 しかし、彼は、相変らず悲痛な顔をして、

「いや、事実です、第一僕の意志にないことだのに、ルミは、独りであなたの家まで歩いて来ました。ここまで来たのは瞭らかに、ルミの個人の意志なんです」

 そういえば、私にも一つ、思いあたることがあった。というのは、ここに来たときの、ルミの言葉だ、あの

「あたしおまえが好きなの、好きなの、好きなの」といった言葉で、実に奇妙な響きであったけれど、その変な響きというのは、ちょうどレコードの同じ溝の上を、針が何回も廻っている時のような、不自然な繰返しとそっくりであった。――恐らく、彼女の愛の言葉は、これ以外に記録されていないのであろう、彼女の懸命な発音は、その記録の上を、必死に反復繰返したのに相違ない――。私は、慄然としたものを感じて来た。

 世にも奇怪な、人造人間との恋愛という、未だかつて聞いたこともない事実を、私は身をもって演じていたのだ。

 それにしても、どう考えても私に呑込めぬのは、ルミの有する感情――意志であった。如何に精巧な電気人間であるかはしらないけれど、それがすでに、自己の意志を持つ、ということは、とても、森源の科学でも説明することは出来ぬのではないか、と思われた。

(森源は、それを、どう説明するのであろう――)私は無言で、悩ましげに彼女を見詰めていた。

 彼も、無言であった。すでに、必要な言葉全部を吐出してしまった人間のように、ただ茫然と、しどけなく床に伸びたルミを、見下しているのであった。

 その横顔、小鬢こびんのあたりに、私は、思いがけぬ白いものを見、森源は、すでに、そんな齢なのであるか、と気づき、その落ちた肩をそっと抱いてやりたいような気もしたのであった。


 森源は、やがて、ルミを抱えて去った。

 私はわざとそれを送ろうとはせず、二階の手すりから、科学者森源が、それこそ半生の精魂をめて産んだルミを、半ば引ずるようにして去って行く後姿を、泪ぐましい気持で見詰めていたのであった。

 森源にとっては、実子にも増す、かけがえのないルミが、路傍の人であった私のために、科学の常識を無視して、彼を棄ててしまったのである。彼の悲痛さは、私にも充分想像することが出来た。それだけに、尚さら、森源の重たげな足どりが、よろめくように私の視界を去っても、私の暗然たる気持は、長く拭い去ることが出来なかった。

 ――その夜、私はここへ来ては唯一の慰安であるラジオを聴こうとして、ダィヤルを廻しながら、ふと、愕然として思いあたることがあった。

 というのは、ルミの意志――についてである。あれは、ルミの意志ではないのだ、私の意志なのである――。

 森源は、脳波操縦ということをいっていた、私はラジオをいじりながら、その脳波と電波というものを合わせて考えついたのであった。つまり、森源の脳波と、私の脳波とは、同一波長ではないのか、というのである。ラジオにしたって、沢山ある放送局が、完全に分離することが出来るというのは、波長が違うからだ、と聞いていた。もし、同じ波長の放送局が二つあったとしたら、必ず受信器は、両方の局のを受信するに違いないのだ。

 そうだ、森源と私とは、偶然にも脳波が一致しているに違いない。

 私が、ルミに遊びに来て貰えまいか、と思ったことがルミに受信されて、彼女は、その通り動いて来たのだし、私の彼女を密かに愛することを写して、ルミは、あのようなことをいったに違いない、そうだ、それ以外になんとも説明の仕様がないではないか。

 それにしても、なんという致命的な偶然であろう。私は、もはや、二度と森源を尋ねることも、ルミのことを考えることも、断念しなければならないのだ。

 私は、この意見を、わざと手紙で、森源に書き送った。ひそかに、彼の否定の返事を待ちつつも――。

 ところが、折かえし森源から来たハガキには、裏面にただ一つ、大きく『パイ』と書かれてあるきりだった。

 ――一体、それは何を意味するのであろう。謎のような一字を前に、私は、この字に関聯するようなものを、