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 見たか。

暁陽あけひの尚それよりもあかく 千古の富士をあば
 というか
若き日本ニッポン行動知識階級インテリセンス群よ!
されど 祖国の このちぬられたる恍惚の麓
 で
いつの頃よりか 淫邪の神々の飽くなき侵略
 の播種がはじまり
ああ いつの世までか 搾取の収穫が 民臣たみおみ
 の口惜しい
祝祭が続けられるのだ。

妻は 愛しみの泪盡くるなき夜の葬列を――
子は 憎しみの焰消ゆるなき日の復讐を――

おお 敵よ! 汝ユダヤ的世界の屠殺者よ!
累々たる同志の屍に口なしというなかれ。
その炎々たる忿怒のために 黎明なんと見事
 な血雲が飛ぶことか。

〈昭和十三年、日本詩壇〉

月と虫と儂の饗宴うたげ

仄青い 紗羅の裳裾を
今宵も そっと
わしの枕べに ひろげておくれ
月光よ!
破畳 腹匍はらば
いたつきの陰影かげ
その暗きをともに泣こうというのか
蟋蟀よ!
(それゆえに お前たちは訪ねてきたのか)
かくも骨蒼ざめた男の膝に――

去りゆく 青春の後姿を
追ってきたというのか、
消えゆく 愛慕こいの足音に
泣きあかしたというのか
 悶えつつ……
  はた歎きつつ……
月光よ!
蟋蟀よ!
(それで、お前たちは夜ごと哀れになってゆ
 くのか)
この男 アンニュイの捕虜の身と知るからに

窓に木枯し
庇に時雨
月の小鼓ととんと打ち
虫の横笛びゅうと吹く
幻影まぼろしか? いや夢路ならぬ 秋の夜の饗宴うたげ
暁はまだまだ遠い
せめてくもうよ
熱い情けの盃に
酔うて舞うよ
お前もわしも
うらぶれの足もとはよろよろとよろよろと…

〈昭和十三年、流域〉

毀れた生活

私は
毀れた 古時計を修理している。
今日もまた――

戸外に 夜陰よるが堕ちて
雨は 虚しく 雪となる。
妻よ
じんじんと聞えてくるのは
まっしろな 人間の愛情の

降りつむ……
  降りつむ……
倫理のひびきだろうか