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いま 漂流のはてを
若者は心の港に蹌踉と帰ってきたが
すでにふるさとの秋冷ふかく
しょうしょうと虚しく雨がふりつづいていた。
忍びよる終焉の気配のように
るるるると寂しく虫が鳴きつづけていた。
雜草の家はかたぶき
朽窓の 父母の灯も昔に消えて
この日 糺弾の十字架に 若者は敬虔な白髪
 の老人だった。

〈昭和九年、昭和詩人〉

暴風の出帆

泪しとど
  霧と降り
檣燈 濡れて
  愛情の波止場を――
霧うつつ
  雲と涌き
城鴎 燃えて
  青春の港を――

あやまちならむか、
日頃、
国禁の書を読み
社会主義者と交わり
   母に不幸の
   妻に不実の
 無頼なり
ふたたび帰る日なき
熱血の出帆。

  故郷に
  牢獄ありて
ながき歳月の流沙よ!
  山嶺に
  断頭台ギロチンありて
赤き革命の新月よ!

あやまちならむか?
 ――されど
まこと あやまちならむか?
 ――ああ、されど
 ついにして行きぬ
  あえかに悔なく
  見はてぬ夢の………
汝の骨
いざ、吹雪野に埋めよと
大鴉なく
北方の 暴風へ――。

〈昭和九年、未発表〉