Page:Poetry anthology of Toru Otsuka and Aki Otsuka.pdf/11

提供:Wikisource
このページはまだ校正されていません

今はわが身にのしかかる壁土の堆積。

〈昭和五年、梔子〉

セキズイの雨

雨もりはたんたんと骨をならして
滴りやまぬ秋冷の雨

(死なば死ね)
ひゅうろひゅうろセキズイの笛ふけば
たちまちに 地獄の夜の幻想は垂れてくる。
釈迦もキリストも情痴に狂う瞳の説法。
童貞と処女を賭けた去年の恋はサヨナラ。

されば 裏町に蒼々と病歿する月あり。
今宵こそ 朽窓に毒の花醱酵くずれたり。
いまはもう まるで髪嗅き阿呆のように
たららんらんと二度目三度目の恋漁る。

幾度恋しようと たらん たららん たらら
 たん たん……
つのる本能なればそれもいたしかたなし。
ひゅうろひゅうろ幻想の笛をふいて踊りおど
 れば
これはまたなんと悲しきセキズイの雨。

〈昭和六年、愛誦〉

寒飢の冬が来るぞ

秋だよう
争議に敗けた腹立しい秋だよう
今度こそはと
俺達は弾丸のように燃えて
敵にぶっかっていったんだが
口惜しいではないか
あのスパイ
あのダラ幹の裏切者に
みんなやられて みろ!
野良犬のように街頭に飢えているのだ

ながいものには巻かれろてか
ふるさとのおっかァよ
その悲しい瞳で口説かれると
俺はつらい
燃え盡くさねばおさまらぬ
烈火の焔もにぶり勝ちだ

それにしてもいつになったら
太陽は氷の街を
照らすというのだ
踏まれても引き千切られても雑草の
春には芽を噴くものを
痩ても枯れても
息の根のあるかぎり俺達は敗けぬぞ

花見小路のインテリ娘ミブ子よ!
「もう一度考えて見るわ」だって
なんて生ちょろい女郎めろう
いまはもう空腹に水道の水つめこんで
これからのたたかいを考えようかい

争議に敗けた秋だよう。
なんと哀しい
なんと口惜しい秋ではないか。
やがて市川堤に風が唸って
中国山脈に雪が降るぞう
ああプロレタリヤには恐ろしい
寒飢の冬が襲ってくるのだ

〈昭和六年、土偶と詩人〉

セキズイ正月

ひる ひる ひる ひるる
セキズイは軋る。