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時の敎會の宗義に束縛せられずして特殊の心傾向を有せるスピノーザに觸れて其の當さに爲すべき發達を爲して遂に萬有神說に到れる者と謂ひて可なるべし。
明瞭なる觀念を以て出立し吾人の明らかに且つ判然と思考し得るものを辿りて一步一步究理を進め行かむとしたるデカルトの硏究法はスピノーザに至りては全く數學的のものとなれり。盖しデカルトに於いても其の全く學術を改造せむとするや數學が最も明瞭正確なる知識模範として常に彼れの腦裡に浮かべり。數學を最も確實なる知識と見、恰も物理の硏究が數學によりて明確なるものと成れる如く哲學も亦數學を應用して始めて從來の亂雜なる狀態を脫し得べしといふ思想は當時の學界に特殊なる思考の一として多くの學者の腦裡に宿りたり。スピノーザは此の思想を懷きて之れを實にせむとしたる者の最好代表者なり。彼れが其の大著に標題して『幾何學的順序に從ひて證明したるエティカ』("Ethica ordine geometrico demonstrata")といへるを見て彼れが論述の如何に數學的なるかを認め得べし。其の論述の方法は幾何學に於けるが如く最初に定義を揭げ次ぎに公理、次ぎに證明すべき命題を置き、さて後に其の證明を與ふるにあり。