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たるを


イブン、ロシッド(Ibn Roschd

卽ち歐洲學者のアヹロエス(Averroës)と稱へ來たりたるもの(一一二〇―一一九八)とす。彼れは有名なるアリストテレースの註釋者にしてアヸセンナよりも嚴密にアリストテレースの說を闡明し且つ之れを遵奉せむと力めたり。

彼れアヸセンナに對して唱へて曰はく、相は外より素に與へらるゝものにはあらずして本來素に可能性として存するもの、唯だそが開發せらるゝもの而してそを開發する者卽ち神なり。故にアリストテレースに從へば萬物の創造は可能より現實に移るの謂ひに外ならず、全く無きものの生出するの謂ひに非ず、換言すれば諸物が已に存在するものの內部より自然に開發し行くを謂ふなりと。

又曰はく、吾人に於ける原動理性(νοῦς ποιητικός)と所動理性(νοῦς παθητικός)とは人類の遍通知性(intellectus universalis)の兩面に外ならず。各人が此の遍通知性を受け容るゝ樣是れ謂はゆる所動理性なり、その各人に受容さるゝ分量等は相異なり而して此