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に至りぬと。輓近の哲學史家中には此のエムペドクレースの說を解して素と地上に發生せし種々の生物中最も生存に適合せる者の遺れりと說く近世の自然淘汰說のおもかげの已に此にほのみゆと考ふる者あり。又エムペドクレースが植物の葉と動物の毛髮、鳥の羽毛と魚類の鱗と、又植物の實を結ぶと動物の子を產むとを相較べたる如き、近世所謂比較生體學の思想を髣髴せしむるものあり。男女兩性の別を熟度の多少を以て說かむとしては熱なるを男性、冷なるを女性といへり。又曰はく植物の生長するは己れと同類の物質を吸収するによる、而して其の生長に不用なる部分は果實となる。呼吸は咽喉のみに由らず身體全面の竅によりてせらる、盖し血液が身體の表面より內部に退く時は空氣は皮膚の細微なる竅より侵入し血液內部より還り來たれば空氣は之れが爲めに排出せらる、かくして呼吸の働を爲すと。此等のエムペドクレースの說によりて見るも當時生物生理の硏究のやう盛んならむとせる樣を知るべし。

《知覺の說明。》〔八〕又エムペドクレースは身體の表面の竅を通ほして外界の物質が體內に於ける同種類の物質と相逢着することによりて知覺を說明せむと試みたり。おも