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溫知政要


 古より國を治め民を安ずるの道は仁に止る也とぞ、我武門貴族の家に生るゝといへ共、衆子の末席に列り、且生質疎懶にして文字に暗く、何の辨もなかりし中、幕府祗侯の身となり、恩惠渥く蒙りしうへ、はからずも嫡家の正統を受續、藩屛の重職に備れり、熟思惟するに天下への忠誠を盡し、先祖の厚恩を報ぜん事は、國を治め安じて臣民を撫育し、子孫をして不義なからしむより外有まじき故に、日夜慈悲愛憐の心を失はず、萬事廉直にあらんがために思ふ事を其儘に和字に書續け、一卷の書となして、諸臣に附與す、是我本意を普く人に知らしめ、ながく行遂べき誓約の證本と成る故に、正に上下和熟の一致にあらむ事を欲する而已。

  享保十六年辛亥三月中浣

參議尾陽侯 源宗春書


 夫、人たる者平生心に執り守る事なくては不叶事也、しかし其品多ければ忘れ怠り易し、一二字の內より限なき工夫出るもの也、殊に國持たらん者、末々まで行渡らずしてあやまる事多かるべし、