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綿の話


火をくべてくれる婆さんから

綿の話をきいた

私はあつたかい五右ェママ門風呂に

ひたりながら竈の外へ火がちろりちろりと

出るのを見ながらきいた


こんげにすふばかりになつちや

困るといふことから話ははじまつた


わしらが娘だつた時分にや

どこの家でも綿をつくつたといつた


五月󠄁時分に種子をまいて、

夏中ひとねて

九月󠄁頃ませるだといつた


木は二尺位あるだ

胡麻󠄁位あるだといつた


實は椿の實に似てをつて

一本に十もついてゐる

それがぽつぽとはぜて

あつちにもこつちにも眞白に

んでゐるだといつた

その實をとつて、筵にひろげていて

絲に紡いで織󠄂機はたごで織󠄂るのが

わしら若い時分の冬︀中の仕事だつたといつた


春になるとそれを賣つたといつた


いつかそんなことをしなくなつてしまつたといつた

織󠄂機はたごも壞して

緣側を作るのに使つてしまつた家が

多いといつた


こないだどこかの弘法さんで

絲車を買つて來さした人が

あつた、

まだあんなものが賣つてをるだわいと

思つたといつた


家で織󠄂つた木綿は丈󠄁夫だ

まだ昔の木綿がふとんの裏に

殘つてをるだが、

あんなものは股引のつぎにてよか

なんていつとつたといつた


翅の弱󠄁つたこほろぎが土間の隅で

絕え絕えに鳴いてゐる夜に

婆さんから綿の話をきくのは

聞くさへあたたかに懷しい