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Page:NDL948605 国字としてのローマ字.pdf/6

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序

著者左近義弼氏は明治十五六年頃より慶應義塾に入 り卒業の後同二十年の秋まで時事新報社に在り先人氏 の人と爲りを愛し其間鈴木梅四郞氏と共に狸蕎麥の別 莊に寄寓せしめ又時としては新聞社へ往復の途中氏の 步行するを見て馬車に同乘せしめたることなどあり氏 は其後米國に渡航し在米二十年の間深く耶蘇敎を信じ て大に聖書を硏究し歸來十年獨力を以て聖書の譯編に 從事し既に創世記詩篇耶蘇傅(四福音書)は友人の助力 にて發行し尙十數年を期して全部完成の筈なりと云ふ 而して氏は聖書の譯編に當り痛切に日本文の不便を感 じたりしに其令息四人を小學校に入門せしむるに際し 特に漢字及び假名の弊害を認め爰に彌々此小册子を發 行して其案出せる“最新ローマ字綴り”を弘く世に 傳へんとす此書は氏が専心硏究の結果なれば必ず取る べき所多からんと信じ聊か一言して序文の需に應ずと 云ふ。

福澤一太郞

序

故福澤先生の紹介に依り,初めて 左近義阿氏と面 談したるは 明治十八年の秋かと覺ゆ。氏は 寡言躬 行の人,かつ 年來 從事せる聖書の譯編に伴へる副 產物として,此度,“國字としてのローマ字”を公に せんとす;定めし 國字問題に資すること 少からず 隨つて 國利民福に貢ぐこと 多からん。一言 以て 序とす。

森村市左衞門