觀察し、或は長坐不臥し或は六時行道すと云ども、常に心氣をして臍輪氣海丹田腰脚の間に充しめ塵務繁絮の間賓客揖讓の席に於ても片時も放退せざる時は、元氣自然に丹田の間に充實して臍下瓠然たる事未だ篠打せざる鞠の如し、若人養なひ得て斯の如くなる時は、終日坐して曾て飽ず終日誦して曾て倦ず、終日書して曾て困せず終日說て曾て屈せず、縱ひ日々に萬善を行ずと云ども終に怠惰の色なく、心量次第に寬大にして氣力常に勇壯なり、苦熱煩暑の夏の日も扇せず汗せず、玄冬素雪の冬の夜も襪せず爐せず、世壽百歲を閱すと云ども齒牙轉堅剛なり、怠らざれば長壽を得、若それ果して斯の如くならば、何れの道か成ぜざる、何れの戒か持たざる、何れの定か修せざらん、何れの德か充ざらん、若又如上の故實に達せず、眞修の祕訣を諳んぜす、妄に自ら悟解了知を求めて觀理度に過ぎ思念節を失する時は、胸隔否塞し、心火高ぶり上り、兩脚氷雪の底に浸すが如く、雙耳溪聲の間を行に齊うして、肺金痛み悴け水分枯渇して終に難治の重症を發して命根も亦保ち難きに到る、これたゞ眞修の正路を知らざる故なり、寔に悲しむべし、蓋し摩訶止觀の中に假緣止、諦眞止と申す事の侍り、只いま申し談ずる內觀の法とはかの假緣止の大略にて侍り、老夫も若かりし時工夫趣向惡く心源湛寂の處を佛道なりと相心得、動中を嫌ひ靜處を好んで常に陰僻の處を尋ねて死坐す、假初の塵事にも胸塞り心火逆上し、動中には一向に入る事を得ず舉措驚悲多く、心身鎮へに怯弱にして兩腋常に汗を生じ、雙眼斷えず淚を帶ぶ常に悲嘆の心多く、學道得力の覺えは毛頭も侍らざりき、何の幸ぞや、中頃よき智識の指南を受け內觀の祕訣を傳授し、みつ〳〵に精修する者三年從前難治の重痾は、いつしか霜雪の朝曦に向ふが如く次第に消融し、宿昔齒牙を挾む事得ざる難信難透難解難入底の惡毒の話頭は病に和して氷消し、今年從心の齡を經ると云ども三四十歲の時より氣力十倍し、心身ともに勇壯にして脇席を溼さず恣に偃臥せざる者動もすれば二三七日を經る事間々此あれども、心力衰減せず三百五百の燕頷虎頭に圍繞せられて經論を講演し語錄を評唱して、三旬五旬を經れども曾て疲倦の色なき者は自ら覺ゆ此內觀の力による事を、初め養生を第一とし、內觀工夫の間求めざるに不慮の省悟得力幾度と云ふ數を知らず、只動靜の二境を嫌はず取らず、密々に進修しもて行事、第一の行持に侍り、往々に靜中の工夫は思の外に捗行樣に思はれ、動中の工夫は一向に捗行ぬ樣に覺えらるゝ事