守るの要、元氣をして一身の中に充塞せしめ、三百六十の骨節、八萬四千の毛竅、一毫髮ばかりも欠缺の處なからしめん事を要す、是れ生を養ふ至要なる事を知るべし。彭祖が曰く、和神導氣の法、當に深く密室を鎖し、牀を安じ、席を煖め、枕の高さ二寸半、正身偃臥し、瞑目して、心氣を胸膈の中に閉し、鴻毛を鼻上につけて動かざる事三百息を經て、耳聞く處なく目見る所なく、斯の如くなる則は寒暑も侵す事能はず蜂蠆も毒する事能はず、壽三百六十歳、是れ眞人に近しと。又蘇内翰が曰く、已に飢ゑて方に食し、未だ飽かずして先づ止む、散歩逍遙して務めて腹をして空しからしめ、腹の空なる時に當つて即ち靜室に入り、端坐默然して出入の息を數へよ、一息より數へて十に到り、十より數へて百に到り、百より數へ放ち去つて千に到りて、此身兀然として此の心寂然たる事、虚空と等し、斯の如くなる事久ふして、一息おのづから止まり出でず入らざる時、此の息八萬四千の毛竅の中より雲蒸し霧起るが如く、無始劫來の諸病自ら除き、諸障自然に除滅する事を明悟せん、譬へば盲人の忽然として眼を開くが如けん。此の時人に尋ねて路頭を指す事を用ひず、只要す、尋常言語を省略して儞の元氣を長養せん事を、是の故に云ふ、目力を養ふ者は常に瞑し、耳根を養ふ者は常に飽き、心氣を養ふ者は常に默すと。予が曰く、酥を用ゆるの法得て聞いつべしや。幽が曰く、行者定中四大調和せず、身心ともに勞疲する事を覺せば、心を起して應に此の想をなすべし、譬へば色香淸淨の輭酥鴨卵の大さの如くなる者、頂上に頓在せんに、其の氣味微妙にして、遍く頭顱の間をうるほし、浸々として潤下し來つて、兩肩及び双臂兩乳胸膈の間、肺肝腸胃脊梁臀骨、次第に沾注し將ち去る。此時に當て、胸中の五積六聚疝癪塊痛、心に隨つて降下する事、水の下につくが如く歴々として聞あり、遍身を周流し、雙脚を温潤し、足心に至つて即ち止む。行者再び應に此の觀をなすべし、彼の浸々として潤下する所の餘流、積り湛へて暖め蘸す事、恰も世の良醫の種々妙香の藥物を集め、是れを煎湯して、浴盤の中に盛り湛へて、我が臍輪以下を漬け蘸すが如し。此の觀をなすとき、唯心の所現の故に、鼻根乍ち希有の香氣を聞き、身根俄かに妙好の輭觸を受く。身心調適なる事、二三十歳の時には遙かに勝れり。此の時に當つて、積聚を消融し、腸胃を調和し、覺えず肌膚光澤を生ず。若し夫れ勤めて怠らずんば、何の病か治せざらん、何の德か積まらざん、何の仙か成ぜざる、何の道か
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