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Page:NDL925789 白隠禅師法語録 part1.pdf/18

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水を補ふは火を制する所以なり。蓋し火に君相の二義あり、君火は上に居して、靜を主どり、相火は下に處して、動を主どる、君火は是れ一身の主なり、相火は宰輔たり。蓋し相火に兩般あり、謂ゆる腎と肝となり、肝は雷に比し、腎は龍に比す。是の故に云ふ、龍をして海底に歸せしめば、必ず迅發の雷なけん、但し雷をして澤中に藏れしめば、必ず飛騰の龍なけん。海か澤か、水にあらずと云ふ事なし、是れ相火上り易きを制するの語にあらずや。又曰く、心勞煩する則は、虚して心熱す、心虚する則は、是れを補するに心を下して腎に交ふ、是れを補といふ、既濟の道なり。公先に心火逆上して。此の重痾を發す、若し心を降下せずんば、縱ひ三界の秘密を行じ盡したりとも起つ事得じ。且つ又我が形模、道家者流に類するを以て、大に釋に異なる者とするか、是れ禪なり、他日打發せば。大に笑ひつべきの事有らむ。夫れ觀は無觀を以て正觀とす、多觀の者を邪觀とす。向に公、多觀を以て此の重症を見る、今是れを救ふに無觀を以てす、また可ならずや。公若し心炎意火を收めて、丹田及び足心の間におかば、胸膈自然に淸凉にして、一點の計較思想なく、一滴の識浪情波なけん、是れ眞觀淸淨觀なり、云ふ事なかれ、しばらく禪觀を抛下せんと。佛の言く、心を足心にをさめて、能く百一の病を治すと。阿含に酥を用ゆるの法あり、心の勞疲を救ふ事尤も妙なり。天台の摩訶止觀に、病因を論ずる事甚だ盡せり、治法を説く事も亦甚だ精密なり、十二種の息あり、よく衆病を治す、臍輪を縁して豆子を見るの法あり、其の大意、心火を降下して丹田及び足心に收むるを以て至要とす、但病を治するのみにあらず、大に禪觀を助く。蓋し繋縁諦眞の二止あり、諦眞は實相の圓觀、繋縁は心氣を臍輪氣海丹田の間に收め守るを以て第一とす、行者是れを用ゆるに大に利あり。古へ永平の開祖師、大宋に入つて如淨を天童に拜す。師一日密室に入つて益を請ふ、淨曰く、元子坐禪の時、心を左の掌の上におくべしと、是れ即ち顗師の謂ゆる繋縁止の大略なり。顗師始め此の繋縁内觀の秘訣を敎へて、其の家兄鎭愼が重痾を萬死の中に助け救ひたまふ事は、精しくは小止觀の中に説けり。また白雲和尚曰く、我常に心をして腔子の中に充たしむ、徒を匡し衆を領し賓を接し機に應じ及び小參普説七縱八横の間に於いて、是れを用ひて盡くる事なし、老來殊に利益多き事を覺ゆと。寔に貴ぶべし。是れ蓋し素問に謂ゆる恬澹虚無なれば、眞氣これにしたがふ、精神内に守らば病何れより來らんといふ語に本づき玉ふものならむか。且つ夫れ内に