三四甲子を閲し、人居三四里程を隔つ、人其の賢愚を辨ずる事なし、里人專ら稱して仙人とす、聞く、故の丈山氏の師範にして、精しく天文に通じ、深く醫道に達す、人あり禮を盡して咨叩する則は稀に微言を吐く、退きて是れを考ふるに、大に人に利ありと。此に於て寶永第七庚寅孟正中浣、竊かに行纏を著け、濃東を發し、黑谷を越え、直に白河の邑に到り、包を茶店におろして幽が巖栖の處を尋ぬ、里人遙に一枝の溪水を指す、即ち彼の水聲に隨つて、遙に山溪に入る。正に行く事里ばかりに、乍ち流水を踏斷す。樵徑もまたなし。時に一老夫あり、遙に雲煙の間を指す。黄白にして方寸餘なる者あり、山氣に隨つて或は顯はれ或は隱る。是れ幽が洞口に垂下する所の蘆簾なりと。予即ち裳を褰げて上る。巉巖を踏み、蒙茸を披けば、氷雪草鞋を咬み、雲露衲衣を壓す。辛汗を滴し、苦膏を流して、漸く彼の蘆簾の處に到れば風致淸絶實に物表に丁々たる事を覺ゆ。心魂震ひ恐れ肌膚戰慄す。且らく巖根に倚りて數息する者數百、少焉ありて、衣を振ひ襟を正して、畏づ〳〵鞠躬して簾子の中を望めば、朦朧として幽が目を收めて端坐するを見る。蒼髮垂れて膝に到り、朱顔麗くして棗の如し、大布の袍を掛け、輭草の席に坐せり。窟中纔に方五六笏にして、全く資生の具無し。机上只中庸と老子と金剛般若とを置く。予則ち禮を盡して、苦ろに病因を告げ、且つ救ひを請ふ。少焉幽眼を開いて熟々視て、徐々として告げて曰く、我は是れ山中半死の陳人、櫨栗を拾ひて食ひ麋鹿に伴つて睡る、此外更に何をか知らんや、自ら愧づ、遠く上人の來望を勞する事を。予即ち轉た咨叩して休まず。時に幽恬如として予が手を捉へて、精しく五内を窺ひ、九候を察す。爪甲長き事半寸、慘乎として顙を攅めてつげて云く、已哉、觀理度に過ぎ進修節を失して、終に此の重症を發す、實に醫治し難き者は公の禪病なり、若し鍼灸藥の三つの物を恃みて、而して後に是れを救はんと欲せば、扁倉力を盡し華陀顙を攅むるも、奇功を見る事能はじ、公今觀理の爲めに破らる、勤めて内觀の功を積まずんば終に起つ事能はじ、是れ彼の起倒は必ず地に依るの謂なり。予が曰く、願わくば内觀の要秘を聞かん、學びがてらに是れを修せん。幽肅々如として容をあらため從容として告て曰く、嗚呼公の如きは問ふ事を好むの士なり、我が昔し聞ける所を以て微しく公に告げんか、是れ養生の秘訣にして人の知る事稀なり、怠らずんば必ず奇功を
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