海のなかにゐなから、水なしといはむかことし。すでにかたしけなく諸佛自受用三昧に安坐せり。これ廣大の功徳をなすにあらすや。あはれむへしまなこいまたひらけす、こころなほゑひにあることを。おほよそ諸佛の境界は不可思議なり。心識のおよふへきにあらす。いはむや不信劣智のしることをえむや。たた正信の大機のみ、よくいることをうるなり。不信の人は、たとひをしふともうくへきことかたし。靈山になほ退亦佳矣のたくひあり。おほよそ心に正信おこらは修行し參學すへし。しかあらすは、しはらくやむへし。むかしより法のうるほひなきことをうらみよ。又讀經念佛等のつとめにうるところの功徳を、なんちしるやいなや。たたしたをうこかし、こゑをあくるを、佛事功徳とおもへる、いとはかなし。佛法に擬するにうたたとほく、いよいよはるかなり。又、經書をひらくことは、ほとけ頓漸修行の儀則ををしへおけるをあきらめしり、教のことく修行すれは、かならす證をとらしめむとなり。いたつらに思量念度をつひやして、菩提をうる功徳に擬せんとにはあらぬなり。おろかに千萬誦の口業をしきりにして、佛道にいたらむとするは、なほこれなかえをきたにして、越にむかはんとおもはんかことし。又圓孔に方木をいれんとせんとおなし。文をみなから修するみちにくらき、それ醫方をみる人の合藥をわすれん、なにの益かあらん。口聲をひまなくせる、春の田のかへるの晝夜になくかことし。つひに又益なし。いはむやふかく名利にまとはさるるやから、これらのことをすてかたし。それ利貪のこころはなはたふかきゆゑに、むかしすでにありき、いまのよになからむや、もともあはれむへし。たたまさにしるへし、七佛の妙法は、得道明心の宗匠に、契心證會の學人あひしたかうて正傳すれは、的旨あらはれて稟持せらるるなり。文字習學の法師のしりおよふへきにあらす。しかあれはすなはちこの疑迷をやめて、正師のをしへにより、坐禪辨道して諸佛自受用三昧を證得すへし。とふていはく、いまわか朝につたはれるところの法華宗、華
Page:NDL823139 承陽大師聖教全集 第1巻 part1.pdf/53
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