の上足として、ひとり無上の佛法を正傳せり。あへて餘輩のならふへきにあらす。予かさねて大宋國におもむき、知識を兩浙にとふらひ、家風を五門にきく。つひに大白峰の淨禪師に參して、一生參學の大事ここにをはりぬ。それよりのち、大宋紹定のはしめ、本郷にかへりしすなはち、弘法衆生をおもひとせり。なほ重擔をかたにおけるかことし。しかあるに、弘通のこころを放下せん激揚のときをまつゆゑに、しはらく雲遊萍寄して、まさに先哲の風をきこえむとす。たたし、おのすから名利にかかはらす、道念をさきとせん眞實の參學あらむか。いたつらに邪師にまとはされて、みたりに正解をおほひ、むなしく自狂にゑうて、ひさしく迷郷にしつまん、なにによりてか般若の正種を長し、得道の時をえん。貧道はいま雲遊萍寄をこととすれは、いつれの山川をかとふらはむ。これをあはれむゆゑに、まのあたり大宋國にして禪林の風規を見聞し、知識の玄旨を稟持せしを、しるしあつめて、參學閑道の人にのこして、佛家の正法をしらしめんとす。これ眞訣ならむかも。いはく大師釋尊靈山會上にして法を迦葉につけ。祖祖正傳して、菩提達磨尊者にいたる。尊者みつから神丹國におもむき、法を慧可大師につけき。これ東地の佛法傳來のはしめなり。かくのことく單傳して、おのつから六祖大鑑禪師にいたることき。眞實の佛法、まさに東漢に流演して。節目にかかはらぬむねあらはれき。ときに六祖に二位の神足ありき。南嶽の懷讓と靑原の行思となり。ともに佛印を傳持して、おなしく人天の導師なり。その二派の流通するに、よく五門ひらけたり。いはゆる法眼宗潙仰宗曹洞宗雲門宗臨濟宗なり。見在大宋には臨濟宗のみ天下にあまねし。五家ことなれとも、たた一佛心印なり。大宋國も後漢よりこのかた、教籍あとをたれて一天にしけりといへとも、雌雄いまたさためさりき。祖師西來ののち。直に葛藤の根源をきり、純一の佛法ひろまれり。わかくにも又しかあらむ事をこひねかふへし。いはく、佛法を住持せし諸祖ならひに諸佛、ともに自受用三昧に端坐依行
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