私は口の中でつぶやいた。自動車は程なく郊外に出た。どうぞ國境をうまく通過出來るやうにと
心の中で祈つた。
『どうぞ、意地の惡い移民官が居なければよいが……」
運轉手の高田氏も心配さうに言つた。
シヤアトルより
本當に『牛も眠る草木』の頃だ。牛も馬も睡靜まつて草木だけが時を得顏に起きてゐるのだとい
ふ新解釋が出來さうだ。『草木も眠る丑みつ頃』などいふのは要するに陳腐だ。
それでも自動車が前を走り後から追つかけて來る。深い山の中だ、後からポン! と一發やられ
たら大變だなどと不安がりながら走るは走るは。
たうとう國境に近づいた。若い移民官が大道の眞中に立つてゐる。自動車に停車を命じるのだ。
自動車が指定された所に留ると、移民官が來て旅行劵を見せろといふ。素直に渡すと、こちらへ
入れと、合圖をする。
今晚は晚いから明日九時に出頭せよとでも云はれたなら事だぞと思ひながら立つてゐると、紋切
型の質問があつて、オーライと簡單にすんだ。それから荷物の檢査だ。カバンを開けつ放しにして
道の上に放つて置くと、移民官が懷中電燈で形式的に中を照してみるだけだつた。
凡そ三十分もたつて、吾々はまた自動車內の人となつた。
『國境を越えさへすれば、もうこつちのものだ!」