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譯者󠄃幸德はアメリカに行つてゐたので、第三章は私ひとりで譯した。)

 しかるに、その『社󠄃會主義硏究』も程へて後(大逆󠄃事件當時)發賣を禁止され、その後今日に至るまで、『共產黨宣言』日本譯の公刊は不可能の狀態になつてゐるが、いかに日本が野蠻國で、いかに保守的反動が强いにしても、もう遠󠄄からずして、言論自由の範圍が、せめて明治三十九年當時くらゐに復舊する時節󠄄は來るだらうと思はれる。その時には、私はぜひともこの『學術硏究の資󠄄料』を出來るだけ早く世に出したいと思つてゐる。ところが、近󠄃ごろその古い譯文を讀み返󠄄してみると、第一、文體の古くさいことが厭で堪らない。それにあの時は、單にイギリス譯から重譯したのでもあり、また譯し方の拙いところや、不正確なところや、間違󠄅つたところも大ぶんある。そこで私は今度、その古い譯文をドイツ語の原文と引合せ、また部分的には河上肇󠄃氏および櫛田民藏氏の譯文をも參照し、出來るだけ精󠄃密に訂正を加へて、口語體に書き直すことにし