コンテンツにスキップ

Page:Kokuyakudaizokyo-kyobu-12.pdf/50

提供: Wikisource
このページは校正済みです

のは地獄(ぢごく)に墮(お)ちて憂(うれ)ひ悲(かなし)む。

316 恥(は)づべからざるに恥(は)ぢ、恥(は)づべきに恥(は)ぢず、邪見(じやけん)に著(ぢやく)せる衆生(しゆじやう)は惡趣(あくしゆ)に趣(おもむ)く。

317 恐(おそれ)なき所(ところ)に恐(おそれ)を見(み)、恐(おそ)るべき所(ところ)に恐(おそれ)を見(み)ず、邪見(じやけん)に著(ぢやく)せる衆生(しゆじやう)は惡趣(あくしゆ)に入(い)る。

318 過(くわ)なきに過(くわ)の念(ねん)を爲(な)し、過(くわ)あるに過(くわ)を見(み)ず、邪見(じやけん)に著(ぢやく)せる衆生(しゆじやう)は惡趣(あくしゆ)に到(いた)る。

319 過(くわ)を過(くわ)と見(み)、過(くわ)なきを過(くわ)なしと見(み)、正見(しやうけん)を抱(いだ)ける衆生(しゆじやう)は善趣(ぜんしゆ)に生(うま)る。

(1) 諸經要集六六三偈。 (2) 國民の信仰によりて施す供養物。 (3) 茅に似たる草の一種。


象品(ざうほん)第(だい)二十三

320 われは戰場(せんぢやう)に赴(おもむ)ける象(ざう)の、弓(ゆみ)を離(はな)れたる箭(や)を〔忍(しの)ぶ〕が如(ごと)く、罵詈(ばり)を忍(しの)ぶ、是(こ)れ羣生(ぐんじやう)は、破戒(はかい)の徒(と)なればなり。

321 〔人(ひと)は〕調(なづ)けたるを戰場(せんぢやう)に引(ひ)き行(ゆ)き、王(わう)は馴(な)れたるに騎(の)る、人(ひと)の中(なか)にて、自制心(じせいしん)あり、罵詈(ばり)を忍(しの)ぶは最第(さいだい)一なり。

322 騾(ら)の馴(な)れたるは善(よ)く、氣高(けだか)き(1)辛頭馬(しんづば)は善(よ)し、大龍(だいりゆう)象王(ざうわう)は善(よ)く、己(おのれ)を制(せい)せるものは更(さら)に善(よ)し。

323 此等(これら)の乘物(のりもの)に〔騎(の)り〕ては、〔人(ひと)は〕(2)不至(ふし)の地(ち)に到(いた)ることなし、己(おのれ)を制(せい)せるものは、自制(じせい)によりて、〔其(そ)の處(ところ)に〕達(たつ)すること、猶(な)ほ馴(な)れたるに〔騎(の)りて行(ゆ)くが如(ごと)し〕。

324 護穀(ダナパーラガ)と名(なづ)くる象(ざう)の、烈(はげ)しく狂(くる)ひて、禁制(きんせい)し難(がた)きも、縛(ばく)せられては食(じき)を食(くら)ふことなし、象(ざう)は象(ざう)〔の