Page:Kokubun taikan 09 part2.djvu/337

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にいへるがごとし。目の前なる人の愁をやめ、惠をほどこし、道を正しくぜば、その化遠く流れむことを知らざるなり。禹の行きて三苗を征せしも、事をかへして德を布くにはしかざりき。

若き時は血氣內にあまり、心物に動きて情欲おほし。身をあやぶめて碎け易きこと、珠を走らしむるに似たり。美麗を好みて財を費し、これを捨てゝ苔の袂にやつれ、勇める心盛にしてものと爭ひ、心にはぢうらやみ、このむ所日々に定まらず、色にふけり情にめで、行をいさぎよくして百年の身を誤り、命を失へるためしねがはしくして、身のまたく久しからむことをば思はず、すけるかたに心ひきて、ながき世語ともなる身をあやまつことはわかき時のしわざなり。老いぬる人は精神衰へ、あはくおろそかにして感じ動く所なし。心おのづからしづかなれば、無益のわざをなさず、身をたすけて愁なく、人のわづらひなからむことを思ふ。老いて智のわかき時にまされること、若くしてかたちの老ひたるにまされるがごとし。

小野小町がこと、極めてさだかならず。袞へたるさまは、玉造といふ文に見えたり。この文淸行がかけりといふ說あれど、髙野大師の御作の目錄に入れり。大師は承和のはじめにかくれ給へり。小町が盛なることその後のことにや、なほおぼつかなし。

小鷹によき犬、大鷹につかひぬれば、小鷹にわろくなるといふ。大に就き小をすつることあり、まことにしかなり。人事おほかる中に、道を樂むより氣味ふかきはなし。これまことの大事なり。一たび道を聞きてこれに志さむ人、いづれのわざかすたれざらむ。何事をかいとな