Page:Kokubun taikan 09 part2.djvu/300

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世の中にそのころ人のもてあつかひぐさにいひあへること、いろふべきにはあらぬ人の、よく案內知りて、人にもかたりきかせ、問ひきゝたるこそうけられね。ことにかたほとりなるひじり法師などぞ、世の人のうへはわが如く尋ねきゝ、いかでかばかりは知りけむと、おぼゆるまでぞいひちらすめる。

今やうの事どものめづらしきを、いひひろめもてなすこそまたうけられね。世に事ふりたるまで知らぬ人は心にくし。今さらの人などのある時、こゝもとにいひつけたることぐさ、物の名など心えたるどち、かたはしいひかはし、目見あはせ笑ひなどして、心しらぬ人にこゝろえず思はすること、世なれずよからぬ人のかならずあることなり。

何事も入りたゝぬさましたるぞよき。よき人はしりたる事とて、さのみ知りがほにやいふ。かた田舍よりさしいでたる人こそ萬の道に心えたるよしのさしいらへはすれ。されば世にはづかしきかたもあれど、みづからもいみじと思へるけしきかたくななり。よくわきまへたる道には、かならず口おもく、問はぬかぎりはいはぬこそいみじけれ。

人ごとに我が身にうとき事をのみぞ好める。法師はつはものゝ道をたて、えびすは弓ひくすべしらず。佛法知りたるきそくし、連歌し、管絃をたしなみあへり。されど愚なるおのれが道より、なほ人に思ひあなどられぬべし。法師のみにかぎらず、上達部殿上人、上ざまゝでおしなべて、武を好む人おほかり。百たび戰ひて百たび勝つとも、いまだ武勇の名をさだめがたし。その故は運に乘じてあだをくだくとき、勇者にあらずといふ人なし。兵盡き矢きはまり