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悲しきものなれ。されば白きいとのそまむことをかなしび、道のちまたのわかれむことをなげく人もありけむかし。堀川院の百首の歌の中に、
「むかし見しいもが垣根はあれにけりつばなまじりのすみれのみして」。
さびしきけしき、さること侍りけむ。
御國ゆづりの節會おこなはれて、劒、璽、內侍所、わたし奉らるゝほどこそかぎりなう心ぼそけれ。新院〈花園天皇〉新院のおりゐさせ給ひての春、よませ給ひけるとかや、
「とのもりのとものみやつこよそにしてはらはぬ庭に花ぞちりしく」。
今の世のことしげきにまぎれて、院にはまゐる人もなきぞさびしげなる。かゝるをりにぞ人の心もあらはれぬべき。
諒闇の年ばかりあはれなることはあらじ。倚廬の御所のさまなど、板敷をさげ、葦の御簾をかけ、布のもかうあらあらしく、御調度どもおろそかに、みな人のさうぞく、太刀、平緖まで、ことやうなるぞゆゝしき。
しづかにおもへば、よろづ過ぎにし方の戀しさのみぞせむかたなき。人しづまりて後、長き夜のすさびに、何となき具足とりしたゝめ、殘しおかじとおもふ反古などやりすつる中に、なき人の手ならひ、繪かきすさびたる見出でたるこそ唯そのをりの心ちすれ。このごろある人の文だに久しくなりて、いかなるをり、いつの年なりけむと思ふはあはれなるぞかし。手なれし具足なども、心もなくかはらず久しきいとかなし。