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鎌倉へ入るべしといふなり。

廿九日、さかはを出でゝ、はまぢをはるばると行く。明けはなるゝ海づらを、いとほそき月出でたり。

 「浦路ゆくこゝろぼそさを浪間よりいでゝ知らするありあけの月」。

なぎさによせかへる浪のうへにきりたちて、あまたありつるつり舟見えずなりぬ。

 「あま小舟こぎ行くかたを見せじとや浪にたちそふ浦のあさぎり」。

都遠くへだゝりはてぬるも、なほ夢のこゝちして、

 「立ちはなれ世もうき浪はかけもせじむかしの人のおなじ世ならば」。

あづまにて住む所は、月影のやつ〈極樂寺地內〉とぞいふなる。浦ちかき山もとにて風いとあらし。山でら〈極樂寺〉のかたはらなれば、のどかにすごくて、浪の音、松の風絕えず。都のおとづれはいつしかにおぼつかなきほどにしも、うつの山にて行き逢ひたりしやまぶしのたよりに、ことづけまうしたりし人の御もとより、たしかなるたよりにつけて、ありし御返しとおぼしくて、

 「たびごろもなみだをそへてうつの山しぐれぬひまもさぞしぐるらむ。

  ゆくりなくあくがれ出でしいざよひの月やおくれぬかたみなるべき」。

都を出でしことは、神無月十六日なりしかば、いざよふ月をおぼしめしわすれざりけるにやと、いとやさしくあはれにて、唯この返り事ばかりをぞ又きこゆる、

 「めぐりあふ末をぞたのむゆくりなく空にうかれしいざよひの月」。