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わづらひなし。河原いくりとかや、いとはるかなり。みづの出でたらむおもかげおしはからる。
「思ひいづるみやこのことはおほゐ河いく瀨の石のかずもおよばじ」。
うつの山こゆるほどにしも、あざりの見知りたる山ぶし行き逢ひたり。夢にも人をなど、昔をわざとまねびたらむこゝちして、いとめづらかに、をかしくもあはれにもやさしくもおぼゆ。いそぐ道なりといへば、文もあまたはえかゝず、唯やんごとなき所、ひとつにぞおとづれきこゆる。
「我がこゝろうつゝともなしうつの山ゆめにも遠きむかしこふとて。
つたかへでしぐれぬひまもうつの山なみだに袖の色ぞこがるゝ」。
こよひは、手越といふ所にとゞまる。なにがしの僧正とかやのぼり給ふとて、いと人しげし。やどかりかねたりつれど、さすがに人のなき宿もありけり。
廿六日、わらしな河とかや渡りて、息津の濱にうち出づ。「なくなく出でしあとの月かげ」など、まづ思ひ出いでらる。ひるたち入りたる所に、あやしき黃楊のこまくらあり。いとくるしければ、うちふしたるに、硯も見ゆれば、まくらのしやうじに、ふしながら書きつけつ、
「なほざりにみるめばかりをかり枕むすびおきつと人にかたるな」。
暮れかゝるほど淸見が關を過ぐ。岩こす浪の、白ききぬをうちきつるやうに見ゆるいとをかし。