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 「濱松のかはらぬかげをたづねきて見し人なみにむかしをぞとふ」。

その世に見し人のこうまごなど、よび出でゝあひしらふ。

廿三日、てんりうのわたりといふ舟に乘るに、西行がむかしも思ひ出でられて、いと心ぼそし。くみあはせたる舟たゞひとつにて、おほくの人のゆきゝに、さしかへるひまもなし。

 「水のあわのうき世にわたるほどを見よはや瀨の小舟竿もやすめず」。

こよひは、とをつあふみ見つけのこふといふ所にとゞまる。里あれて物おそろし。傍に水の井あり。

 「たれか來てみつけの里と聞くからにいとゞたびねの空おそろしき」。

廿四日、ひるになりて、さやの中山こゆ。ことのまゝとかやいふ社のほど、紅葉いとさかりにおもしろし。山かげにてあらしもおよばぬなめり。深く入るまゝに、をちこちの峯つゞき、こと山に似ず。心ぼそくあはれなり。ふもとの里に、菊川といふ所にとゞまる。

 「こえくらすふもとの里のゆふやみにまつかぜおくるさやの中山」。

あかつきおきて見れば、月もいでにけり。

 「雲かゝるさやのなか山こえぬとはみやこに吿げよありあけの月」。

川音いとすごし。

 「渡らむとおもひやかけしあづま路にありとばかりはきく川の水」。

廿五日、菊川を出でゝ、けふは大井河といふ河をわたる。水いとあせて、聞きしにはたがひて