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 「濱千鳥なきてぞさそふ世の中にあととめむとはおもはざりしを」。

隅田川のわたりにこそありと聞きしかど、都鳥といふ鳥の、はしとあしと赤きは、この浦にもありけり。

 「こととはむはしと足とはあかざりしわが住むかたのみやこ鳥かと」。

二村山を越えて行くに、山も野もいと遠くて、日も暮れはてぬ。

 「はるばると二村山をゆき過ぎてなほすゑたどる野べのゆふやみ」。

やつはしにとゞまらむといふ。暗きに橋も見えずなりぬ。

 「さゝがにのくもであやふき八橋をゆふぐれかけて渡りぬるかな」。

廿一日、八橋を出でゝ行くに、いとよく晴れたり。山遠きはら野を分けゆく。ひるつ方になりて、もみぢいとおほき山にむかひて行く。風につれなきところどころ、くちばにそめかへてけり。ときは木どもゝ立ちまじりて、あをぢの錦を見るこゝちす。人にとへば、みやぢの山といふ。

 「しぐれけり染むるちしほのはてはまた紅葉の錦いろかへるまて」。

この山までは、むかし見しこゝちするに、ころさへかはらねば、

 「待ちけりなむかしもこえし宮路山おなじ時雨のめぐりあふ世を」。

山のすそのに竹のある所に、かややのひとつ見ゆる、いかにして、何のたよりにかくて住むらむと見ゆ。