Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/66

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みじうむつかしけれど夜に入りぬれば唯明くるを待つ。まだ暗きよりいけば黑みたるものの〈り脫歟〉てぞ追ひてはしらせてく。やゝ遠くよりおりてついひざまづきたり。見ればすゝいんし〈四字ずゐじんカ〉なりけり。何ぞとこれかれ問へば「昨日の酉の時ばかりに宇治の院におはしまし着きてかへらせ給ひぬやと參れと仰せごと侍りつればなむ」といふ。さきき〈なカ〉るをのこどもとそゝ〈舟ぞうイ〉ながせやなど行ふ。宇治の河はり〈ちカ〉によるほど、霧はきし方見えず立ち渡りていとおぼつかなし。車かきおろしてこちたくとかくするほどに人聲多くて「御車おろし立てよ」とのゝしる。霧の下より例のあじろも見えたり。いふ方なくをかし。みづからはあなたにあるなるべし。まづかく〈か脫歟〉きてわたす、

 「人心宇治のあじろにたまさかによるひるだにもたづねけるかな」。

船の岸き〈よカ〉するほどに返し、

 「かへる日を心のうちに數へつゝ誰によりてかあじろをもとふ」。

見るほどに車かき居ゑてのゝしりてさし渡る。いとやんごとなきにはあらねど卑しからぬ家の子ども、何のぞうの君などいふものども、ながみ〈えカ〉とびの尾のなかこ〈にカ〉入りこみて、ひ〈かイ〉のあじろ僅かに見えて霧所々に晴れ行く。あなたの岸に家の子衞府の佐などかひつれて見おこせたり。なかに立てる人も旅立ちて狩ぎぬなり。岸のいと高き所に船を寄せてわりなくたゝあげに擔ひあぐ。轅をいたじきに引きかけて立てたり。としみの設けありければとかうものするほどに〈か脫歟〉はのあなたにあぜちの大納言〈師氏〉のらうじ給ふこ〈とカ〉ころありける。「この頃のあ