Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/384

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男の數多かさぬるも片袴〈一字つかたイ〉重くぞあらむかし。淸らなるさう束の織物うすものなど今は皆さこそあめれ。今やうに又さまよき人の着給はむいとびんなきものぞかし。かたちよき君達の彈正にておはするいと見ぐるし。宮の中將〈源賴定〉などのくちをしかりしかな。

     やまひは

胸、ものゝけ、あしのけ。唯そこはかとなくものくはぬ。十八九ばかりの人の髮いと麗しくてたけばかりすそふさやかなるがいとよく肥えて、いみじう色しろう、顏あいぎやうづきよしと見ゆるが、齒をいみじくやみまどひて、額髮もしとゞに泣きぬらし、髮の亂れかゝるも知らず、面赤くて抑へ居たるこそをかしけれ。八月ばかり白きひとへ、なよらかなる袴よきほどにて、紫苑の衣のいとあざやかなるを引き懸けて胸いみじう病めば、友達の女房達などかはるがはる來つゝ「いといとほしきわざかな。例もかくや惱み給ふ」など事なしびに問ふ人もあり。心がけたる人は誠にいみじと思ひ歎き、人知れぬ中などはまして人目思ひて寄るにも、近くもえ寄らず思ひ歎きたるこそをかしけれ。

いと麗しく長き髮を引きゆひて、物つくとて起きあがりたる氣色も、いと心苦しくらうたげなり。うへにも聞しめして御讀經の僧の聲よき給はせたれば、とぶらひ人どもゝあまた見來て經聞きなどするもかくれなきに、目をくばりつゝ讀み居たるこそ罪や得らむとおぼゆれ。

     こゝろづきなきもの

物へゆき寺へも詣づる日の雨。使ふ人の「我をばおぼさず、なにがしこそ唯今の人」など言ふ