Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/376

提供:Wikisource
このページは校正済みです

 「雲のうへにくらしかねけるはるの日を所からともながめつるかな」、

わたくしには「今宵のほども少將にやなり侍らむずらむ」とて、曉に參りたれば「昨日の返し暮しかねけるこそいとにくし。いみじうそしりき」と仰せらるゝ、いとわびしう誠にさることも。淸水に籠りたるころ蜩のいみじう鳴くを、あはれと聞くにわざと御使してのたまはせたりし、

 「山ちかき入あひの鐘のこゑごとに戀ふるこゝろのかずや知るらむ。

ものをこよなのながゐや」と書かせ給へる。紙などのなめげならぬも、取り忘れたるたびにて、紫なるはちすの花びらに書きてまゐらする。

十二月廿四日宮の御佛名のそやの御導師聞きて出づる人は、夜中も過ぎぬらむかし。里へも出で、もしは忍びたる所へも夜の程出づるにもあれ、あひ乘りたる道の程こそをかしけれ。日ごろ降りつる雪の今朝はやみて風などのいたう吹きつれば垂氷のいみじうしだり土などこそむらむら黑きなれ。屋のうへは唯おしなべて白きにあやしき賤の屋もおもがくして、有明の月のくまなきにいみじうをかし。かねなどおしへぎたるやうなるに、水晶の莖などいはまほしきやうにて、長く短く殊更懸け渡したると見えて、いふにもあまりてめでたき垂氷に下簾を懸けぬ車の簾垂をいと高く上げたるは奧までさし入りたる月に薄色紅梅白きなど七つ八つばかり着たる上に、濃き衣のいとあざやかなるつやなど、月に映えてをかしう見ゆる傍にえび染のかた紋の指貫、白ききぬどもあまた、山吹紅など着こぼして直衣のいと白き引