Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/258

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は侍らむ。されど歌よむと言はれ侍りしすゑずゑは、少し人にまさりてそのをりの歌はこれこそありけれ。さはいへどそれが子なればなど言はれたらむこそかひある心ちし侍らめ。つゆとり分きたるかたもなくて、さすがに歌がましく我はと思へるさまに、さいそによみ出で侍らむなむ、なき人のためいとほしく侍る」などまめやかにけいすれば、笑はせ給ひて、「さらばたゞ心にまかす。我はよめともいはじ」とのたまはすれば、「いと心やすくなり侍りぬ。今は歌の事思ひかけ侍らじ」などいひてあるころ、かうしんせさせ給ひて內大臣殿〈伊周〉いみじう心まうけせさせ給へり。夜うち更くる程に題出して女ばうに歌よませ給へば、皆けしきだちゆるがし出すに、宮の御まへに近く侍ひて物けいしなどこと事をのみいふを、おとゞ御覽じて「などか歌はよまで離れ居たる。題とれ」とのたまふを、「さる事承りて歌よむまじくなりて侍れば、思ひかけ侍らず」。「ことやうなる事、まことにさる事やは侍る。などかは許させ給ふ。いとあるまじきことなり。よしことときは知らず、今宵はよめ」などせめさせ給へど、けぎよう聞きも入れで侍ふに、こと人ども詠み出してよしあしなど定めらるゝ程に、いさゝかなる御文を書きて賜はせたり。あけて見れば、

 「もとすけがのちといはるゝ君しもや今宵のうたにはづれてはをる」

とあるを見るに、をかしき事ぞたぐひなきや。いみじく笑へば、「何事ぞ何事ぞ」とおとゞものたまふ。

 「その人ののちといはれぬ身なりせばこよひの歌はまづぞよまゝし。