Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/148

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む。これかくなむ殿の仰せはべめる」とあり。見れば、「この月日惡しかりけり。月立ちてとなむ。こよみ御覽じて、たゞ今ものたまはする」などぞ書いたる、いと怪しういち早き曆にもあるかな、なでふ事な〈か脫歟〉りよか〈二字けイ〉る、あらじ、この文書く人のそらごとならむと思ふ。朔七八日のほどの晝つ方、「うまの頭おはしたり」といふ。「あなかま、こゝになしと答へよ。ものいはむとあらむに、まだしきにびなし」などいふ程に、入りてあらはなる籬の前に立ちやすらひ、例も淸げなる人のねはそ〈二字けさうイ〉したるにて、なよゝかなる直衣、太刀ひき佩き例の事なれどあか色の扇すこしみだれたるをもてまさぐりて、風早き程に櫻吹き〈あげイ有〉られつゝ立てるさま、繪に書きたるやうなり。淸らの人ありとて、おくまりたる女らの裳などうち解け姿にて出でゝ見るに、時しもあれ、この風のすかた〈三字すだれイ〉をとへ吹き內へ吹き惑はせば、すだれをたのみたるものども、我か人かにておさへひかへ騷ぐまに、何かあやしの袖口も皆見つらむと思ふに、死ぬばかりいとほし。よべいでゐの所より、夜更けて歸りてねふしたる人を、起す程にかゝるなりけり〈七字イ無〉。からうじて起き出でゝ、こゝには人もなきよしいふ。風の心ちあり〈わイ〉たゞしさに、格子みは〈なカ〉かねてよりおろしたる程になれば、何事いふも宜しきなりけり。强ひて簀子にのぼりて、「今日よき日なり、わらふだかひ〈二字たうびイ〉給へ。ゐそめむ」など〈とイ有〉ばかり語ひて、「いとかひなきわざかな」と、うち歎きて歸りぬ。二日ばかりありて、唯詞にて、侍らぬほどにものし給へりけるかしこまりなどいひて奉れて後、「いと覺束なくてまかでにしを、いかで」と常にあり。にげない事故に、あやしの聲さ〈まイ〉でやはなどあるは、ゆるしなきを、「佐にもの聞えむ」