Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/124

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故陽成院の御のちぞかし。宰相なくなりてまだ服の中に、例のさやうの事聞き過ぐされぬ心にて、なにくれとありしほどに、さめ〈あイ〉りしことぞ。人はまづその心ばへにて、ことに今めかしうもあらぬうちに、齡などもおうよりにたへ〈りイ〉ければ、女はさらむとも思はずやありけむ。されど返り事などすめりし程に、みづからふたゝびばかりなどものして、いかでにかあらむ、ひとへぎぬの限なむ取りてものしたりし。こと〈うたイ〉どもなどもありしかど忘れにけり。さていかゞありけむ、

  關越えて旅寐なりつるくさまくらかりそめにはたおもほえぬかな、

とか、いひやり給は〈ふイ〉めりし。猶もありしかば返り、ことごとしうもあらざりき。

  おぼつかな我にもあらぬ草まくらまだこそ知らねかゝる旅寐は、

とぞありしを、度重りたるぞあやしきなど諸共にとぞ笑ひてき〈しカ〉。後々しるき事もなくてやありけむ、いかなるかへりごとにか、かくあめりき、

  置き添ふる露に夜な夜な濡れこしは思ひのな〈ほイ〉かにかわくそでかは、

などあめりし程に、ましてはかなうなりはてにしを、後に聞きしかばありし所に女子生みたなり。さぞ」となむいふなる。さもあらむ、「こゝに取りてやは置きたらぬなどの給ひしそれなゝり。させむかし」などいひなりて、便りを尋ねて聞けば、この人も知らぬ。幼き人は十二三の程になりにけり。唯それ一人を身にか〈そイ〉へてなむ、かの志賀のひんがしの麓にて、海を前に見、志賀の山をしりへに見たる所の、いふ方なう心細げなるに、明し暮してあなると聞き