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ば、聞えさせむ方なく」など書きて「何事にかありけむ、御はしがきはいかなる事にかありけむと思う給へ出でむに、ものしかんべければ更に聞えさせず。あなかしこ」など書きて、出し立てたれば、例の時しもあれ雨いたく降り神いといたく鳴るを、胸ふたがりて歎く。少し靜りて暗くなる程にぞ歸りたる。物のいと恐しかりつるありさまのわたりなどいふにぞ、いとぞいみじき。返り事を見れば、「一夜の心ばへよりは、心よわげに見ゆるは、行ひ弱りにけるかと思ふにもあはれになむ」などぞある。その暮れて又の日なま〈一字るべイ〉し。をばだつ人とぶらひに物したり。破子などあまたあり。「まづいかで、かくは何事などせさせ給ふにかあらむ。ことなきことあらでは、いとびんなきわざなり」といふに、心に思ふやう身のある事を、かきくづしいふにぞ「いとことわり」といひなりて、いといたく泣く。日暮し語らひて、いと夕暮の程、例のいみじげなる事どもいひて、鐘の聲どもし侍る程にぞ歸る。心深く物思ひしる人にもあれば、誠に哀とも思ひいくならむと思ふに、又の日、旅に久しくもありぬべきさまの物どもあまたある。心には、いひ盡すべくもあらず、悲しう哀なり。歸りし空なかりし言の葉の中に「こだかきみちを分け入りけむと見しまゝに、いといといみじうなむ」などよろづ書きて、

 「世のなかの世のなかならば夏草のしげき山邊もたづねざらまし〈著者叔母〉

物を、かくておはしますを見給へおきて、歸ることゝ思う給へしに、寢ぬる目も皆くれ惑ひてなむ。あ〈がイ〉きみ深く物思し亂る〈べ脫歟〉かめるかな。