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に觸れて我などをばかくなめげにもてなすぞとむづかり給ふと聞きて、あやまたぬよしも申さむとて參られたりけるに、さやうの人は我よりたかき所にまうでゝは、こなたへとなきかぎりはうへにものぼらでしもにたてる事にてなむありけるをこれは六七月のいと暑く堪へがたき頃、かくとまさせて今や今やと中門に立ちて待つ程に西日もさしかゝりて暑く堪へがたしとはおろかなり。心ちも損はれぬべきに、早うこの殿は我をあぶり殺さむとおぼすにこそありけれ、やくなくも參りにけるかなと思ふにすべて惡心起るなどはおろかなり。夜になる程さてあるべきならねば、さくをおさへて立ちければ、はたうと折れける。いかばかり心を起されにけるにか。さて家に歸りて、「このぞう永くたゝむ。若しをのこ子もをんな子もありともはかばかしくてはあらせじ。哀といふ人もあらば、それをも恨みむ」など誓ひてうせ給ひにければ、だいだいの御惡靈とこそはなり給ひたれ。さればましてこの殿近うおはしませば、いとおそろし。殿の御夢に、南殿の御後の戶のもと、必ず人の參るにたつ所よな。そこに人の立ちたるを誰ぞと見れば、顏は戶のかみに隱れたればよくも見えず。あやしうて、「たぞたぞ」とあまた度問はれて「朝成に侍り」といらふるに、夢の中にもいとおそろしけれど、念じて「などかくては立ち給ひたる」と問ひ給ひければ、「頭辨の參らるゝを待ち侍るなり」といふと見給ひて、おどろきて、「今日は公事ある日なれば疾くまゐるらむ。ふびなるわざかな」とて、「夢に見え給ひつることあるを、今日は御病申などもして物忌かたくして何かまゐり給ふ。こまかにはことづから」と書きて「急ぎ奉り給へ」とちかひて、いと疾く參り