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て、「九條殿なむ御うしろをいだき奉りて、御輿の內にさぶらはせ給ひける」とぞ申しゝ。げにうつゝにても、いとたゞ人とは見えさせ給はざりしかば、ましておはしまさぬ跡にはさやうに御まもりにてもそひ參らせ給ひつらむ。さらば殊に元方の卿、桓算供奉をぞ逐ひのけさせ給ふべきな。それは又しかるべきさきの世の御報にこそはおはしましけめ。さるは御心いとうるはしくて、世間の政もかしこくせさせ給ひつぐ〈ぐイ無〉べかりしかば、世にいみじうあたらしき事にぞ申すめりし。さて又今はこの九條殿御子どものかず、冷泉院、圓融院の御母后、貞觀殿の內侍のかみ、一條の攝政、堀川關白、大入道殿、忠君の兵衞督と六人は武藏守從五位上經邦のむすめのはらにおはしまさふ。世の人をんな子といふことはこの御事にや。大かた御腹ことなれど、男君たち五人は太政大臣、三人は攝政したまへり。
關白次第
良房 忠仁公
基經 昭宣公
忠平 貞信公
實賴 淸愼公
伊尹 謙德公
兼通 忠義公
賴忠 廉義公三條殿
兼家 大入道殿東三條殿法名如實
道隆 中關白殿
道兼 粟田殿七日關白
道長 御堂入道殿法名行觀
賴通 大宇治殿
敎通 大二條殿
師實 京極殿