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どふ。十三日大塔の法親王都に入りたまふ。この月頃に御ぐしおほしてえもいはずきよらなる男になり給へり。からの赤地の錦の御鎧直垂といふもの奉りて御馬にてわたり給へば、御供にゆゝしげなるものゝふどもうち圍みて、御門の御供なりしにもほとほと劣るまじかめり。速に將軍の宣旨をかうぶり給ひぬ。流されし人々ほどなくきほひのぼるさま、枯れにし木草の春にあへる心ちす。その中に季房の宰相入道のみぞ、預りなりけるものゝ情なき心ばへやありけむ、あづまのひしめきのまぎれに失ひてければ、兄の中納言藤房は歸り上れるにつけて、父の大納言母の尼うへなどなげきつきせず胸あかぬ心ちしてけり。四條中納言隆資といふも、頭おろしたりしまた髮おほしぬ。「もとよりちりをいづるにはあらず。かたきのた めに身を隱さむとてかりそめにそりしばかりなれば、今はた更に眉をひらく時になりて男になれらむ何のはゞかりかあらむ」とぞおなじ心なるどちいひあはせける。天臺座主にていませし法親王だにかくおはしませばまいてとぞ。誰にかありけむそのころきゝし。

  「すみぞめの色をもかへつつき草のうつればかはる花のころもに」」」。


增鏡