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  「うきたびと思ひははてじ一えだの花のなさけのかゝるをりには」。

かくてなほおはしませば、こし方はそこはかとなくかすみわたりてあはれに遠くもきにけるかなと、日數にそへて都のいとゞ隔たりはつるも心ぼそうおぼさる。ほのかに咲きそむと見えし花の梢さへ、日數も山もかさなるにそへてうつろひまさりつゝ、上り下るつゞらをりにいと白く散りつもりてむらぎえたる雪の心ちす。

  「花の春また見むことのかたきかなおなじ道をばゆきかへるとも」。

いとかたしとおぼすものから、猶さりともたひらかにだにあらばおのづから御本意遂ぐるやうもありなむなど御心もて慰めおぼすもはかなし。久米のさら山といふ所越えさせ給ふとて、

  「きゝおきしくめのさら山越えゆかむ道とはかねて思ひやはせし」。

逢坂といふは東路ならでもありけりときこしめして、

  「立ちかへりこえゆく關とおもはゞやみやこにきゝしあふ坂の山」。

みか月の中山にて、昔後鳥羽院の仰せられけむ事おぼしいづるさへげにうかりけるためしなり。

  「傳へきくむかしがたりぞうかりけるその名ふりぬるみか月の森」。

御道なかばになりぬれば御送のものども上下、都いでしよりも猶華やかに今めかしうさうぞきかへたり。大方はあやしうさまことなる御幸なれど、道すがらの御まうけ國々に心づか