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ての事なればかこつかたなけれど、故鄕の空もあはれにおぼしいでらる。秋も深くなりゆくまゝに山の木の葉のうちしぐれ、谷の嵐のおとづるゝもあたのきほふかと膽をけす。御すまひいつしか御身をかへたる心ちし給ふもあぢきなし。

  「うかりける身を秋風にさそはれて思はぬ山のもみぢをぞみる」。

既にあづまぶしども雲霞のいきほひをたなびき上るよし聞ゆれば、笠置にもいみじう思しさわぐ。もとよりいとけはしき山の深きつゞらをりをえもいはず木戶、逆木、石弓などいふ事どもしたゝめらる。さりともたやすくは破れじと賴ませ給へるに、後の山より御かたきくづれ參りて、木戶ども燒きはらひ、おはしますあたり近く既に煙もかゝりければ、今はいかゞせむにてあやしき御姿にやつれてたどり出でさせ給ふ。座主の法親王尊澄御手をひき奉り給へるもいとはかなげなる御ありさまなり。中務の御子大塔の宮などはかねてよりこゝを出でさせ給ひて楠がたちにおはしましけり。行幸もそなたざまにやとおぼし心ざして、藤房具行兩中納言、師賢の大納言入道手をとりかはしてほのぼの中をまぬがれいづる程の心ちども夢とだに思ひもわかずいとあさまし。少しのびさせ給ひてぞ御馬たづね出でゝ、君ばかりたてまつりぬれどならはぬ山路に御心ちも損はれて、誠にあやふく見えさせ給へば、たかまの山といふわたりにしばし御心ちをためらふ所に、山城國の民にて、ふかすの五郞入道とかいふもの參りかゝりて案內聞えたるしもいとめざましう口をし。上達部思ひやるかたなくて唯目を見かはしていかさまにせむとあきれたるに、あづまより上れる大將軍にてみち