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や。かくやうの事は人中にて下﨟の申すにいとかたじけなし。とゞめさぶらひなむ。されどなほわれながらぶあいのものにておぼえ候ふにや。式部卿の宮爲平我が御身の口をしうほいなきをおぼしくづほれてもおはしまさで、猶末の世に花山院の御門は冷泉院のみこにおはしませば御甥ぞかし。その御時に御女奉り給ひて御みづからも常に參りなどし給ひけるこそさらでもありぬべけれ。世の人もいみじう誹り申しけり。さりとても御つぎなどのおはしまさば、いにしへの御ほいのかなふべかりけるとも見ゆべきに、御門出家し給ひなどせさせ給ひて後、又この今の小野宮左大臣殿の北の方にならせ給へりしよ、いと怪しかりし御事どもぞかし。その女御殿には道信中將の君も御せうそこ聞え給ひけるに、それはさもなくて、かのおとゞに參り給ひにければ、中將の申したまふぞかし。

  「うれしきはいかばかりかはおぼゆらむうきは身にしむこゝちこそすれ」。

今に人の口に入りたる秀歌にて侍るめり。まことこの式部卿の宮は世にあはせ給へるかひある折一度おはしましたるは、御ねの日のひぞかし。御おとゝのみこたちもいまだ幼くおはしまして、かの宮おとなにおはしますほどなれば、世おぼえ御門の御もてなしもことに思ひ申させ給へるあまりに、その日こそは御供の上達部殿上人などの狩さうぞく馬鞍まで內裏のうちに召し入れて御覽ずるはまたなき事とこそは承はれ。瀧口をはなちては布衣のもの內に參ることは、かしこき君の御時もかゝる事の侍りけるにや、大方いみじかりし日の見物ぞかし。物見車は大宮のぼりに所やは侍りしとよ。さばかりの事こそこの世には候はね。殿