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き。播磨の守なかきよのむすめ、今は左大臣の北の方にて、三位殿といふも箏ひかれけり。宮の御方のはりまの內侍も、同じく琴ひきけるとかや。琵琶は權大納言の三位殿〈師藤大納言女〉いみじき上手におはすれば、めでたうおもしろし。蘇香、萬秋樂、のこる手なく幾返となくつくされたる。明け方は身にしむばかり若き人々めであへり。さらでだに秋の初風はげにそゞろ寒きならひをことわりにや。御遊はてゝ文臺めさる。この度は和歌の披講なれば、その道の人々藤大納言爲世、子どもうまごども引きつれてさぶらへば、うへの御製、

  「ふえ竹のこゑも雲ゐにきこゆらしこよひたむくる秋のしらべは」。

ずんながるめりしかど、いづれも唯天の川かさゝぎのはしより外は、めづらしきふしは聞えず。まこと實敎の大納言なりしにや、

  「おなじくは空までおくれたきものゝにほひをさそふ庭の秋かぜ」。

げにえならぬ名香の香どもぞ、めでたくかうばしかりし。花も紅葉もちりはてゝ、雪つもる日數のほどなさに、又年かはりて正中元年といふ。やよひの二十日あまり、石淸水の社に行幸したまふ。上達部殿上人いみじき淸らをつくせり。關白殿は御車なり。右大臣實衡松がさねの下がさね、鶴のまるをおる。蘇芳のかたもんのきぬ、左大將經忠櫻萠黃の二重織物の御下がさね〈櫻に蝶をいろいろにおる。〉、花山吹のうへのはかま、紅のうちたる御ぞ、人よりことにめでたく見えたまふ。御かたちもにほひやかにけだかきさまして、誠に一の人とはかゝるをこそは聞えめと飽かぬ事なく見えたまふ。土御門の中納言顯實、花ざくらの下がさねなりき。花山院の中納言