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はしませば、昔に耻ぢずいとめでたし。御才もいとはしたなうものし給へば、萬の事くもりなかめり。三史五經の御論議などもひまなし。みな月の頃中殿の作文せさせ給ふ。題は式部大輔藤範奉る。久しかるべきは賢人の德とかや聞えしにや、女のまねぶべき事ならねば漏しつ。上達部殿上人三十餘人まゐれり。關白殿〈房實〉ばかり直衣にて、御几帳の後にさぶらはせたまふ。うへは御ひきなほし御琵琶〈玄上〉はひかせ給ふ。右大將〈實衡〉琵琶、春宮大夫〈公賢〉箏、權大納言〈親房〉笙、權中納言〈氏忠〉和琴、左宰相中將〈兼泰〉笙、右衞門督〈嗣家〉笛、右宰相中將〈光忠〉篳篥、拍子は例の左のおとゞ〈泰實〉、すゑは冬定なりしにや。うへの御琵琶の音いひしらずめでたし。右大將何にかあらむ、心とけてもかきたてられざりき。御遊はてゝのち文臺めさる。藏人內記俊基人々のふみをとりあつめて、一度に文臺のうへにおく。披講の終るほどに、みじか夜もほのぼのと明けはてぬ。御製を左のおとゞかへすがへす誦じて、うるはしく朗詠にしたまふ。こゑいとうつくし。をりふし郭公の一聲なのりすてゝ過ぎたるは、いみじくえんなり。かやうのまことしきことは、かねて人も心づかひすればあやまちなかるべし。ときにのぞみて俄にかたき題をたまはせて、うちうち詩をつくらせ歌をよませて、かしこくおろかなると御らんじわくに、いとからいことおほく心ゆるびなき世なり。その七月七日乞巧奠、いつの年よりも御心とゞめて、かねてより人々に歌どもめされ、ものゝ音どもゝ試みさせたまふ。その夜はれいの玄象ひかせたまふ。人々の所作ありし作文にかはらず。笛篳篥などは殿上人どもなる板のほどにさぶらひてつかうまつる。中宮もうへの御局にまうのぼらせ給ふ。御簾の內にも琴琵琶あまたあり