このページは校正済みです
山の木の葉も淚あらそふ心ちしていとかなし。所がらしもいとゞあはれをそへたり。川浪のひゞき、となせの瀧の音までもとり集めたる御心の中どもなり。御日數のほどは帥の宮ひとつ御腹の內親王などもこの院におはしますほどつれづれなるまゝに、はかなし事など聞えかはして花紅葉につけてもむつましくなれ聞え給ふべし。帥の御子は大多勝院に西の廂にわたらせ給ふ。御まへの松の木にはひかゝれる蔦の紅葉のいたう染めこがしたるをとりて、九月三十日の夕つかた昭訓門院の御方へ奉らせたまふ。
「あすよりのしぐれも待たで染めてけり袖の淚や蔦のもみぢ葉」。
木の葉よりももろき御淚はましていとゞせきかね給へりし。御かへし、
「よもはみな淚のいろにそめてけり空にはぬれぬ秋のもみぢ葉」。
あはれに見奉らせ給ひつゝ名殘もいみじくながめられて高欄におしかゝり給へる、夕ばへの御かたちいとめでたし。ありつる紅葉を西園寺大納言公顯のとのゐ所へつかはす。
「雨とふるなみだの色や此ならむ袖よりほかにそむるもみぢば」。
女院の御せうとなれば、しめやかなる御山すみの心ぐるしさにさぶらひ給ふなりけり。御返事、
「いくしほか淚の色のそめつらむ今日をかぎりの秋のもみぢ葉」。
時雨はしたなく風荒らかに吹きて暮れぬれば、宮は內に入り給ひて御殿油近くめして、晝御覽じさしたる御經など讀み給ふほどに若殿上人どもうちつれてこなたの御とのゐにまゐれ