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とゞ物の音もてはやされてえもいはずきこゆ。具顯範藤など「羅綺重衣」と二返ばかりいへるに「情なき事を機婦にねたみ」と本院くはへ給へば新院御聲たすけ給ふほどそゞろ寒きまで艷なり。歸らせ給ひても又昨日の花のかげにて鞠御覽ぜられつゝ、それよりやがて御船に奉りておしいでたれば遙なる海づらに漕ぎ離れたらむ心ちしていとをかし。小き船に上達部乘りてはしにつけられたり。ありつる妙音堂の調子をうつされてありつるおなじ人々つかうまつる。春宮また御琵琶箏のことは右衞門督といふ女房御船にまゐれるに彈かせらる。船の中のしらべはいとえんなり。蘇合の五帖、輪臺、靑梅波、竹林樂、越殿樂など幾返ともなくおもしろし。兼行「山又山」などうちずんじたるに「變態繽紛たり」と兩院あそばしたるに、水の底もあやしきまで身の毛だちぬべくきこゆ。中島に御船さしとめて見れば、舊苔年ふりたる松が枝さしかはせる岩のたゝずまひいとくらかりたるに、池の水なみ心のどかに見えて名もしらぬ小鳥どもみだれ飛ぶけしき何となくをかし。遠きさかひに望める心ちするに、めぐれる山の瀧つ岩根遙にかすみて見渡さるゝほど、やまびとの洞もかくやとぞおぼゆる。「二〈三イ〉千里の外の心ちこそすれ」などのたまひて、新院、

  「雲のなみ煙の浪をわけてけり」。

たれにかあらむ女房の中より、

  「ゆくすゑとほき君がみ代とて」。

春宮大夫、