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には石淸水のかたを念じ給ひつゝ御手をとらへて泣き給ふに、さぶらふかぎりの人みなえ心つよからず、いみじき願どもを立てさせ給ふしるしにや、七佛の阿闍梨參りて、「けんじやくはんぎ」とうちあげたる程に辛うじて生れ給ひぬ。何といふ事も聞えぬは姬宮なりけりといと口をしけれど、無下になき人と見え給へるにたひらかにおはするをよろこびて、いかゞはせむとおぼし慰む。人々の祿などつねのごとし。法皇もなかなかいたはしくやんごとなき事におぼしていみじくもてはやし奉らせ給ふ。いでやと口をしく思へる人々おほかり。かゝるにしも實雄のおとゞの御宿世あらはれて、片つ方には心おちゐ給ふも世のならひなれば、ことわりなるべし。五夜七夜など殊に華やかなる事どもにて過ぎもてゆく。その頃ほひより法皇時々御なやみあり。世の大事なれば御修法どもいかめしくはじまる。何くれと騷ぎあひたれど、をこたらせ給はで年もかへりぬ。むつきのはじめも院の內かいしめりていみじく物思ひなげきあへり。十七日龜山殿へ御幸なる。これやかぎりと上下心ぼそし。法皇は御輿なり。兩女院は例のひとつ御車にたてまつる。尻に御匣殿さぶらひ給ふ。道にて參るべき御せんじものを胤成師成といふ藥師ども御前にてしたゝめて、しろがねの水甁に入れてたかよしの中納言うけたまはりて、北面の信友といふにもたせたりけるを、內野のほどにて參らせむとて召したるにこの甁に露ほどもなし。いとめづらかなるわざなり。さほどの大事のものをあしくもちてうちこぼすやうはいかでかあらむ。法皇もいとゞ御臆病そひて心ぼそくおぼされけり。新院は大井川の方におはしましてひまなく男女房上下となく、今の程いかにい