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これもいとさゝやかなる事どもになむありける。男女房亂りがはしくしひかはして、御箏どもめし拍子うちならしなどしてあけぬ。かやうの事にのみ心やりて明し暮させ給ふ程に、又の年の秋になりぬ。東二條院日頃たゞにもおはしまさゞりつる、その御氣色ありて世の中さわぐ。院の內にてせさせ給へばいよいよ人參りつどふ。大法祕法のこるなく行はる。七佛藥師五檀の御修法、普賢延命、金剛童子、如法愛染などすべて數しらず。御驗者には常住院僧正參りたまふ。八月二十日よひの事なり。既にかと見えさせ給ひつゝ、二日三日になりぬればあるかぎり物覺ゆる人もなし。いと苦しげにし給へば、仁和寺の御室の如法愛染の大阿闍梨にてさぶらひ給ふを、御枕上に近く入れ奉らせ給ひて「いとよわう見え侍るはいかなるべきにか」と院もそひおはしまして、あつかひ聞え給ふさまおろかならねば、哀と見奉り給ひて「さりともけしうはおはしまさじ。空定業の亦能轉は菩薩のちかひなり。今さら妄語あらじ」とて御心を致して念じたまふに、驗者の僧正も一ちひみつとて念珠おしもみたるほどげにたのもしくきこゆ。御誦行〈如元〉のものどもはこびいで、女房のきぬなどこちたきまでおしいだせば、奉行とりて殿上人北面の上下あかれあかれに別ちつかはす。そこらの上達部は階の間の左右に着きて皇子誕生を待つけしきなり。陰陽師かんなぎ立ちこみて千度の御はらひつとむ。御隨身北面の下﨟などは神馬をぞ引くめる。院拜したまひて廿一社に奉らせ給ふ。すべて上下內外のゝしりみちたるに、御氣色たゞよわりに弱らせ給へば今一しほ心まどひして、さとしぐれわたる袖の上もいとゆゝし。院もかきくらし悲しくおぼされて、御心のうち