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前華やかに、おひのゝしりて近く侍ひつるになくおも白し。新院は御ゑばう子、直衣、御袴きはにて中門にて待ち聞えさせ給ひつる程いとえんにめでたし。御車中門によせて、關白殿御はかせとりて御くしげ殿に傳へ給ふ。二重織物の萠黃の御几帳のかたびらを出されていろいろの平紋のきぬども、物の具はなくておしいださる。今日は正親町院も御堂の角の間より御覽ぜらる。大臣上達部ありしにかはらず。猶參り加はる人はおほけれどもれたるはなし。實冬、今日は花田うら山吹のかりぎぬ、二重うちもえぎなど思ひ思ひこゝろごゝろに先にはみなひきかへてさまざまつくしたり。基俊の少將、この度は櫻萠黃の五重のかりぎぬ、紅の匂ひの五つぎぬ、うちぎぬはやりつき〈如元〉山吹のにほひ、うき織物の三重ひとへ、紫の綾の指貫中にすぐれてけうらに見え給へり。この度は多くろくたいのきぬをきたり。萬歲樂を吹きて樂人舞人まゐる。池の汀に桙をたつ。春鶯囀、古鳥蘇、後參、輪臺、靑海波、落蹲などあり。日ぐらしおもしろくのゝしりて歸らせ給ふ程に。赤地の錦の袋に御琵琶入れて奉らせ給ふ。刑部卿の君御簾のうちよりいだす。右大將とりて院の御前にけしきばみ給ふ。胡飮酒の舞は實俊の中將とかねては聞えしを、父おとゞの事にとゞまりにしかば近衞前關白殿の御子三位中將ときこゆるいまだ童にて舞ひたまふ。別してこの試樂よりさきなりしにや、內々白川殿にてこゝろみありしに、父の殿も御簾の內にて見給ふ。若君いとうつくしう舞ひ給へば院めでさせ給ひて、舞の師たゞもち祿たまはりなどしけり。かやうに聞ゆる程にむくりの軍といふ事起りて御賀とゞまりぬ。人々口をしくほん意なしとおぼす事かぎりなし。何事もうちさましたるやうにて、御修法やなにやと公家武家たゞこのさわぎなり。されども程なくしづまり