Page:Kokubun taikan 07.pdf/607

提供:Wikisource
このページは校正済みです

じやうなり。大納言二位殿にも裝束まもりの筥までいとなまめかしう淸らなるものどもぞありける。上達部殿上人にも馬牛ひかる。銀のかたみを五つくませて松茸入れらる。山へ皆入らせおはしまして御らんの後、御かはらけ幾返となく聞しめせば、人々もゑひ亂れさまざまにて過ぎぬ。そのおなじ頃安嘉門院丹後の天の橋立御らんじにとておはします。それより但馬のきの崎のいでゆめしに下らせ給ふ。爲家の大納言光成の三位など御供つかうまつらる。この女院の御ありさまぞ又いといみじうきしかた行くすゑのためしにもなりぬべく、萬の事御心のまゝにこのましくものし給ひける。童舞、白拍子、田樂などいふ事このませ給ひて、いにしへの都芳門院にもやゝまさりてぞおはします。侍らふ人々も常にうちとけず、きぬの色あざやかにはなばなと今めかしき院の內なり。又安養壽院といひて山の峰なる御堂には常にたてこもらせ給ひて御觀法などあるには人の參る事もたやすくなし。鳴子をかけてひかせ給ひてぞおのづから人をも召しける。又その頃にや、秋の雨日頃ふりていと所せかりしに、たまたま雲間見えて空の氣色物すごき程に、一院、新院、大宮院、東二條院など皆ひとつ御方におはします。御前におほきおとゞ公相、常磐井入道殿實氏もさぶらひ給ふ。前の左のおとゞ實雄、久我大納言雅忠などうとからぬ人々ばかりにて大御酒參る。あまた下りながれて上下すこしうち亂れ給へるに、おほきおとゞ本院の御盃をたまはり給ひて、もちながらとばかりやすらひて「公相官位共に極め侍りぬ。中宮〈今出川院〉さておはしませば、もし皇子降誕もあらば家門の榮花衰ふべからず。實兼もけしうは侍らぬをのこなり。後めたくも思ひ侍らぬ